令和6年度 在宅医療人材育成事業 第1回在宅医療連携強化研修会
「在宅患者の看取り・ACPと病診連携について」(2024/11/24開催)
医師研修会
在宅医療人材育成事業の一環として、在宅患者の看取り・ACPと病診連携について学ぶため、2024年11月24日(日)に岐阜県医師会館にて研修会を実施。第1部では「最期まで地域で暮らし続けるための多職種連携と意思決定支援(ACP)」、第2部では「在宅患者の看取りにおける連携体制と静岡県医師会のACP普及啓発に関する取り組み」と題してご講演いただきました。
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リニューアルした岐阜県医師会館1階大会議室
第1部「最期まで地域で暮らし続けるための多職種連携と意思決定支援(ACP)」
第1部では、いろは在宅ケアクリニック(岐阜県大垣市)で、これまで乳幼児から高齢者まで約450人の在宅医療に取り組んでいる土屋邦洋先生から「最期まで地域で暮らし続けるための多職種連携と意思決定支援(ACP)」と題して、在宅医療とは何か、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)のタイミングや方法、難しさ、これからのヒントなどについて、実際の事例と合わせてご講演いただきました。
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いろは在宅ケアクリニック 土屋邦洋先生
在宅医療とは
在宅医療は、外来診療と入院治療に次ぐ第3の医療と位置付けられ、急速に普及が進んでいます。医療デバイスの小型化や多職種連携の促進により、手厚い医療ケアができるようになり、重症心身障害児やALS、心不全の終末期など、対象患者が拡大傾向にあります。
一般的な在宅医療は、通院の負担を軽減するため自宅で外来診療を受けるイメージですが、私たちの在宅医療は、もう一歩踏み込んで、自宅を病室と見立てて、患者様が自分の家に入院しているイメージ。地域社会を大きな病院として、1日かけて回診しているようなスタイルで、必要に応じて検査も点滴も看取りも自宅でできるよう在宅医療に取り組んでいます。外来診療の代わりではなく、入院病棟や施設の機能を担える存在を目指しています。
また、一般医療では、病気を治療し、寿命を延ばすことで幸福の最大化を目指すという価値観ですが、在宅医療では、死が迫ったとき、病気の治療ができないとき、生活を支え、一緒にいたい人とできるだけ長く幸せに暮らすことで幸福の最大化を目指すという価値観に変化しています。
——在宅医療の現況と具体的な事例紹介の後、講演の本題であるACPについてお話しいただきました。
ACPとは
ACPは、狭義では終末期の医療についての話し合いを指していましたが、近年では今後の人生の生き方を含めて、今後受けたい医療やケアなどについて考え、話し合う機会となっています。対話を通じて、その時々の希望をどのように実現するのか、長期的にどうしたいのか情報を集めること。心持ち(レディネス)や病状によって希望は変化するため、繰り返し行うことが大切です。
ACPをいつやるのか
ACPは早すぎても遅すぎても効果的ではありません。「この患者がこの先1年以内に死亡するとしたら意外に思うか?」という医療者向けのサプライズクエスチョンがあり、1年以内に死亡する可能性があると思うならACPが有効と考えられ、その場合70%ほどが正解となっています。
入院患者様や外来で通院中の患者様がいつACPを開始したらよいかわからないというご意見もあります。例えば、がんの患者様の場合、ファーストラインの抗がん剤が効かなくなり、セカンドラインに変更するときや、医療用麻薬を使い始めるタイミングはACPを受け入れやすいとアドバイスしています。
ACPをどうやるのか
○価値観や希望を共有する
価値観や希望を共有するプロセスが最も大切です。本人はどういう人柄で、どういう生き方をしてきたのか、それをもとに、大切なことは何か、今からやってみたいこと、やり残したことはないか、今後どのような治療をしたいかを確認し、周囲の人たちと共有します。
○代理意思決定者を決める
ACPでは、代理意思決定者は必ずしも配偶者や親族ではなく、友人や医療・介護関係者でも良いとされています。誰にするかを決定したら、継続的・長期的に共有することが大切です。
○病状を理解する
自分たちに残された時間はどのくらいなのか、ほとんどの方が詳しくは知りません。在宅医療に入る前に、退院カンファレンスなどで主治医に聞くようにしています。余命を長く伝えられているケースが多く、それによってライフプランも大きく変化してしまいます。擦り合わせは非常に難しいですが、初めてお会いするときには必ず行うようにしています。
○話し合いをする
考えてきたことを多くの人と話し合うこと。指示書を作ることが目的ではなく、本人が不在でも、本人の考えをトレースできる周囲の存在が重要であり、「この人はこういうときにこうしたいって言うよね」と周囲のコンセンサスを得られることがACPの目的でもあります。
これからのACPへのヒント
実際の現場ではACPを行い、その通りにケアを行い、幸せな人生の最終段階を過ごすことは非常に難しいと思っています。ACPはツールの1つなので、それを使って本人や家族をどうやって幸せにできるかを考えることが大切です。本人に「良い時間を過ごせている」と感じてもらうために、チームで支え、時間をかけて繰り返し、周囲を巻き込んでいく必要があると考えます。
1回1回の訪問と診察すべてがACPであることを胸に刻み、その都度、体調を聞きながら、思いを聞きながら、得た情報を共有し、本人の価値観を知ることが大切です。常に自問自答しながら、亡くなっていく人たちにどう向き合っていけるのか、どこまで考えられるのか、まだまだ足りません。ACPは侵襲を伴う行為であり、患者様やご家族の感情を揺さぶってしまうこともあるので、患者様とご家族の幸福の最大化にできることを尽くしていくしかないと考えています。
第2部「在宅患者の看取りにおける連携体制と静岡県医師会のACP普及啓発に関する取り組み」
第2部では、静岡県医師会副会長の福地康紀先生から「在宅患者の看取りにおける連携体制と静岡県医師会のACP普及啓発に関する取り組み」と題して、静岡県医師会と静岡市静岡医師会の現況とともに、静岡市静岡医師会における在宅医療支援システムの現状と今後、静岡県医師会のICT連携システム「シズケア*かけはし」の概要、静岡県医師会におけるACP普及啓発に関する取り組みなどについてご講演いただきました。
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静岡県医師会副会長の福地康紀先生
静岡市静岡医師会における「在宅安心連携システム」について
平成10年に「かかりつけ医推進モデル事業」の一環として市民アンケートを実施。その結果、市民の在宅医療での不安について「家族の負担」「夜間休日の救急対応」「病状悪化時の対応」という3つで約66%を占めることがわかりました。
アンケート結果を受けて、静岡医師会では「在宅安心連携システム」の構築を考え、特に「自宅で亡くなりたい方に24時間どう対応するか」「病院で亡くなりたい方あるいは急変し入院を希望される方に24時間どう対応するか」を解決する方法を模索しました。
看取り支援に限定し「診療所連携」として「開業医同士の連携で行う在宅看取りオンコール当番医システム(通称:グリーンカード・システム)」を平成10年に開始。急変時に希望する病院に搬送してもらうために「病診連携」として「在宅医療における病診連携システム(通称:イエローカード・システム)」を平成12年に開始しました。
平成18年にはグリーンカード・システム、イエローカード・システムを見直し、24時間の往診や訪問看護が可能な体制の確保に取り組み、市内の訪問看護ステーションにシステムへの参加を依頼。当時、静岡市の訪問看護ステーションにはステーション同士の連絡組織がなく、これを契機として連絡協議会ができました。
新たに「病診看連携」として「かかりつけ医と訪問看護ステーションの連携で在宅患者の病状の悪化に対応する地域連携システム(通称:シルバーカード・システム)」を平成18年に開始しました。
実際に「在宅安心連携システム」を利用する機会は少ないのですが、いざというときの保険、セーフティーネットとして機能しています。居宅患者限定のシステムであるため、今後は施設患者への対応を含めて検討していくことが課題となっています。
静岡県医師会のICT連携システム「シズケア*かけはし」について
「シズケア*かけはし」は、「在宅医療対応型」として平成24年度からモデル運用を開始し、平成29年度から「医療介護連携型」として、施設・サービス情報提供システム(現:施設サービス検索・折衝機能)を新たに搭載。令和4年度から「地域包括ケア対応型」として、情報共有の対象者を拡大し運用しています。
静岡県医師会におけるACP普及啓発に関する取り組み
静岡県医師会ではACP普及啓発において「住民に対する取り組み」と「医療・ケアの専門職に対する取り組み」を行っています。令和3年には「人生の最終段階の療養場所の選定における意思決定の現場調査」を実施。その結果、明確になった要件は、「主病名」と「家族の介護力」が主たるファクターであることがわかりました。適切な意思決定に向けて必要な取り組みには以下の2つが考えられます。
○非がん・認知症の人への支援
認知症がある場合は、本人の意向が不明となり、家族の介護負担などから施設・病院になりやすく、非がんの場合も切れ目のない医療的な支援が受けられていない傾向にありました。以上から、非がんや認知症の人に対して、患者本人の希望や意向を明確化し、その実現を支援する必要があるとわかりました。
○家族の介護力が弱い人への支援
家族の介護力が弱い人に対して、患者本人の希望や意向を明確化し、その実現が支援できるよう専門職による意思決定の支援や、訪問系サービスへつなぐなど介護の負担を減らすよう、本人や家族への支援が必要であるとわかりました。
「医療・介護現場におけるACPの実践力向上プロジェクト」の実施
ACPは、一般市民を対象とした「一般的なACP」と「病気や病状に応じたACP」「死が近づいた時のACP」と大きく3つに分類できます。「病気や病状に応じたACP」を行うことで「死が近づいた時のACP」がより円滑になり、有効なものとなることから、令和4年度以降の事業として「医療・介護現場におけるACPの実践力向上プロジェクト」の実施が決定しました。
目指す姿は、医療・介護の専門職がACPの必要性を理解し、現場で適切に実践できる力を身につけること。取組の方向性としては、実践を標準化するための「システム」と援助技術を習得するための「教育」を提供すること。そのために既存のツールである市町が発行するACPノート(エンディングノート)を第1段階の「一般的なACP」だけでなく、第2段階の「病気や病状に応じたACP」を対象としたツールを作成すること。さらに、医療と介護が連携できるツールの作成も決定し、内容は現在も検討中です。
ACPでは、集まって話し合う場面だけでなく、診察の場面で「再発したらどうする?」「また入院したらどうする?」など、本人の要望や意見が出たときに、それを記載することで情報を共有し、その時、何を考えていたのか、どう言っていたのかなど、連携ツールにACP関連の情報をまとめ、診察時に見ることで経過を共有することができます。
先日、名称を「シズケア*ささえあい連携シート(愛称:シズみんシート)」とすることに決まりました。患者様が保管し、必要な時に活用していただけるよう、データを静岡県医師会HPで公開することや、電子カルテに実装するなど普及・活用を考えています。